リトアニア第二の都市・カウナスにある「杉原千畝記念館」に来ています。
ご存知の通り、元々は在リトアニア日本領事館です。
杉原千畝さんが、たくさんのユダヤ人難民に「命のビザ」を書いた所です。
ぼくがリトアニアを訪れたら、必ず訪れたいと思っていた施設です。
今、「入口階」を見終わり、階下に行こうとしているところです。


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~下階へ~

入口から入った階が「入口階」で、階段を下ると「下階」になる構造です。

「下階」が、千畝さんの執務していたスペースのようです。

案内図の②から⑧に向かっているところです。

案内図➈「厚意の結晶」の部屋です。
リトアニアの救援者たちという説明書きが出ています。
リトアニア国内で千畝さん以外にユダヤ人救済に尽力された人々の紹介の部屋です。

案内図⑯「ユダヤ教神学校のオブジェ」です。
実際に千畝さん家族が使用していたわけではないそうです。
千畝さんは、ユダヤ教徒だったからユダヤ人にビザを発給したわけではないですからね。
千畝さんは、宗教云々(うんぬん)ではなく、「人間としてどうなのか」を考えて行動した結果なのだと思います。

案内図21番「ビザルーム」です。
実際に来館者がビザ用の写真が撮れる場所です。

要望があれば、このような用紙に写真を添付して、ビザ風に発給してくれるのだそうです。
費用は入館料に含まれているそうです。

実は、ぼくは発給してほしいという気持ちが相当?かなり?強く?ありました。
でも、今日は来館者が多く、職員の皆さんが忙しそうなので、遠慮してしまいました。
ぼくの中にも日本人の奥ゆかしさ?遠慮深さ?があったのですね(笑)
自分一人で、全てできる作業なら、もちろんやってみたかったです。

案内図22番です。
当時のヨーロッパの領事たちの写真棚です。

各国の首脳レベルの訪問者の紹介パネルです。
左下は2015年、安倍晋三首相が、
右下は2025年、岸田文雄首相が、
訪問した時の様子が紹介されています。

案内図⑱の千畝さんの執務机です。

ぼくも座ってみました。
千畝さんが座ったものだと思うと、ドキドキしてしまいます。

発給者リストなどが、無造作に置かれています。
往時が想起できるように、わざと、散らかっている感じに演出しているのかもしれません。

コピーだと思いますが、実際に発給されたビザも展示されています。

案内図➈「厚意の結晶」の部屋です。
厚意とは、ご存知の通り、思いやりのことです。
思いやりがもたらしたリトアニアにおける奇跡的な出来事を日本語で解説している珍しい文章だと思います。

☟文字が小さくて読みにくいと思いますので、拡大してみました。

文書内に出てくる「ヤン・ズヴァルテンディク」とは、案内図⑩~⑫にある「ツバルテンディクの事務室」のツバルテンディクさんのことだと思います。
千畝さんのみならずツバルテンディクさんたちの「思いやり」=「人道主義に支えられた厚意」が、この時期のリトアニアにおけるユダヤ人を奇跡的に救うことができたことが綿々と綴られています。

「厚意の結晶」によって日本を経由して上海で暮らすことができたユダヤ人たちの記録です。


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~ツバルテンディクさんについてパート①~

上の文章にも登場したズヴァルテンディクさん(当ブログでは、案内図の表記に準じて「ツバルテンディク」さんという表記を使います)について少し紹介したいと思います。

案内図⑫の「ツバルテンディクの机」です。
ツバルテンディクさんとは、馴染みのない方もいらっしゃると思いますが、千畝さんにとっては「相棒」とも「陰の立役者」とも言われている人物です。
出窓にある写真の左側の方が当時のツバルテンディクさんだと思います。
(右側の白髪の方(かた)は、数十年後のツバルテンディクさんかもしれませんが、、)

ツバルテンディクさんは、1940年にリトアニアでオランダ領事代理を務めた外交官です。
立場は、千畝さんとほぼ同じです。
千畝さんと知恵を出し合い、ユダヤ人難民を第三国に脱出させるためのルートとシステムを考え出した「陰の立役者」です。

少し話が、複雑で分かりにくくなるかもしれませんが、お付き合いください。
当時、千畝さんが「日本通過ビザ」を発給する条件として、
①渡航にかかる旅費渡航費滞在費を所持している
②日本に入国した後、第三国の入国許可証を所持している
この2つが発給の絶対条件です。
千畝さんが、政府や外務省の命令を無視してビザを書いても②の条件を満たしていなければ、途中の国はどこにも入れません。
もちろん、日本にも入国できません。
②の条件を満たすことが、千畝さんのビザ発給の最低条件、絶対条件です。

そこで、ツバルテンディクさんが考えたのが、「キュラソー」への入国です。
サッカーワールドカップ2026を熱心に観戦されていた方なら、
「おー!あのキュラソーか!」
と、ピンとくるかと思います。

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~キュラソーとは?~

キュラソーは、ぼくもサッカーワールドカップ2026前には知らない国でした。
南米ベネズエラの北、カリブ海上の島国?です。
もともとは、オランダ領でしたが、現在は「オランダ王国を構成する4つの対等な国の一つ」としての位置付けです。
元首はオランダ国王ですが、それ以外は、独自の政府や首相、通貨を持っています。
また、独立国ではないので国連やIOC(国際オリンピック委員会)には加盟できません。
しかし、FIFA(国際サッカー連盟)には独立国でなくとも加盟できるので2011年に加盟することができました。
そして、2026年、正規な南米予選を突破して、今回のワールドカップ2026に「キュラソー」として独自出場を成し遂げたのです。

AFP時事より

キュラソーの人口は何と15万人です。
わがふるさと上越市の人口は17万7千人です。
上越市より少ないくらいの国?地域?です。
上越市内から独自のチームでワールドカップ本選に出るなんて、夢にも出てこないくらいの「夢物語」です。

AFP時事より

そんなキュラソーが、南米の強国エクアドルと引き分けて勝ち点を得たということは、まさに、想像を絶する出来事です。
もちろんW杯本選に出場できたこと自体が想像を絶する出来事ですが、、


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~ツバルテンディクさんについてパート②~

キュラソーについてこんなに熱心に紹介するつもりはありませんでしたが、ワールドカップを見ていて大興奮したので、ついつい、、

ツバルテンディクさんの話に戻します。

ツバルテンディクさんについての紹介を続けます。
ツバルテンディクさんは、オランダ領事館の職員です。
当時のキュラソーはオランダ領です。
だから、キュラソーに行く行かないは別にして、キュラソーへの入国許可証と「日本通過ビザ」さえあれば、とりあえずリトアニアから出国できます。
そして、日本入国⇒出国までは、安全に行われるはずです。
そうなれば、当然、リトアニアにてナチスドイツに捕らえられ、強制収容所に送られることはありません。
ユダヤ人難民にとっては、まさに「地獄から見られる一筋の光=希望」です。
千畝さんとツバルテンディクさんが「相棒」「陰の立役者」と言われる所以(ゆえん)は、この辺にあると思います。
2人ともユダヤ人難民を救いたいという気持ちは共通しています。
・ツバルテンディクさんは、ひたすら、「オランダ領キュラソー入国許可証」を、
・千畝さんは、ツバルテンディクさんが書いた「許可証」を持っているユダヤ人に、これまたひたすらに「日本通過ビザ」を、
書いて書いて書きまくったのです。

千畝さんは1985年に、ツバルテンディクさんは1997年に、イスラエル政府より「ヤド・バシェム賞(正義の人賞)」が贈られています。
2人ともユダヤ人をホロコーストから救った功績が顕著であることが認められたのです。
ちなみに、あのオスカー・シンドラーさんも1962年に「ヤド・バシェム賞」を受賞しています。

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~救ったユダヤ人たちの子孫からの感謝の意~

案内図23番「難民たちがつないだ命」のコーナーです。
千畝さんたちに助けられたユダヤ難民たちの子孫の写真や感謝の声などが掲載されています。

千畝さんが書いた「命のビザ」は、2139枚ですが、救われた命によって繋がれた命を含めると、その数は数万を超えるとも言われています。
イスラエルの人たちは、救われたことを感謝するとともに、残念ながらホロコーストによって失われた命についても深く思いを寄せなければいけないと思います。
人が人を殺してはいけないということを最も理解しているはずのユダヤ人です。
そして、いわれのない殺戮(さつりく)に対して最も敏感に拒絶できる民族のはずです。
現在のパレスチナで起こっているガザやヨルダン川西岸での惨状を手放しで喜ぶような民族ではないと信じています。
千畝さんもツバルテンディクさんも、今のイスラエルやユダヤ人の状況をどう思ってみているのでしょうか?
お二人とも、天国で心から憂慮(ゆうりょ)しているのではないでしょうか。

記念館の裏に行ってみました。
リトアニアとウクライナの国旗が掲げられています。

千畝さんの執務室が見えます。

千畝さんが執務中、眺めていたとされるリンゴの木が今でも元気に育っています。
一説には、千畝さんの妻・幸子さんが植えたリンゴではないかとのことです。
樹木は、人間が見られない長い歴史を見続けることができますよね。
樹木は、そこに根をはり、人間よりも寿命が長いですからね。
人間は、現在にも、これからの歴史にも責任を持たなければならないと、樹木たちは教えてくれているのかもしれませんね。

名残は尽きませんが、ロカスさんにお礼を行ってから、お暇(いとま)します。

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~カウナス市内観光へ~

現在、1時を少し回ったところです。

帰りの列車は15時40分なので、あと2時間半くらいカウナスにいれそうです。
でも、カウナスでは、そんなに多くの観光はできないと思います。
この記念館は公共交通機関が通っていないからです。
ぼくは、カウナスには杉原千畝記念館に来れればそれで満足です。
なので、欲張ることなく、
①メトロポリスホテル
②世界遺産の建築物
➂カウナス城
(④カウナス駅:千畝さん所縁(ゆかり)の記念ボードがあるということです)
の3、4つに絞って観光することに決めました。

~メトロポリスホテルへ~

杉原千畝記念館からは、メトロポリスホテルには、徒歩で行くしかなさそうです。
(ぼくは原則タクシーを使わないので、、)
駅に近付くという感じではなさそうです。
むしろ遠ざかる感じです。

スカンジナビア三国⇒バルト三国を南下してきたぼくにとってリトアニアは「南国」です。
太陽が照ると暑くて仕方ありません。
25分も歩くと、汗が噴き出してきます。

目の前の噴水に飛び込みたくなります。

30分くらいで目指すホテルに着きました。

東宝・日本テレビより

映画「杉原千畝」でも見られましたが、領事館が閉鎖されてからも千畝さんが黙々とビザを書き続けたホテルがこの「メトロポリスホテル」です。

玄関左側に設置された千畝さんの顕彰版です。
8月28日から9月4日までの8日間、ビザを書き続けたことが紹介されています。

宿泊客ではありませんが、中に入らせてもらいます。
玄関の回転扉は、歴史を感じさせてくれます。

当時のチェックインカウンターでしょうか。
千畝さんコーナーがあります。

千畝さんの写真の脇には手書きの手紙が展示されています。

千畝さんの孫娘である杉原まどかさんが、2019年にメトロポリスホテルを訪れた際のメッセージだと思います。
まどかさんは、現在、杉原千畝財団を引き継ぎ、千畝さんの功績を伝えたり、千畝さんの平和への願いを広めたりする活動をしているようです。

~世界遺産の建築物(戦争博物館&美術館)へ~

カウナスにも世界遺産に登録された施設があるようです。

カウナスの世界遺産には、特別のエリアがないようです。
カウナスの街中のいろいろな建築物が個々に登録されているようです。
そして、「モダニズム都市カウナス・楽観主義建築1919年~1939年」という一つの世界遺産になっているようです。

AIでいろいろ調べてみると、メトロポリスホテルの近くでよりたくさんの世界遺産が見られるのは「国立チェルニョーニス美術館」近辺だそうです。

今いるメトロポリスホテルから徒歩3分の地点です。
近くてホッとします。
かなり疲労しているので、長く歩きたくありませんからね。

ここが、「統一広場」のようです。

左手に見えるのが、美術館&戦争博物館のようです。
この建物も世界遺産だそうです。

統一広場と戦争記念博物館の間にあったモニュメントです。
「自由の記念碑」だそうです。
1928年にリトアニアが1回目の独立を果たした時に建てたそうです。
しかし、ソビエト支配時代には、取り壊されてしまったということです。
1991年2回目の独立を果たした後、再び、再建したのだそうです。

この建物が「ビータウタス大公戦争博物館」です。
もちろん、この建物も世界遺産だそうです。

正面玄関の上にはリトアニア国旗をイメージした垂れ幕が降ろされています。

この三角形の石で積まれた塔は、地図アプリで調べると「永遠の火」のようです。
1918年から1920年のロシアからの独立戦争にて命を落としたリトアニア兵士を追悼する施設だということです。
1923年に設置されて以来、リトアニアの自由と独立の象徴として「石の祭壇」には火が灯り続けているそうです。
写真だとなかなか炎が見えにくいですが、近付くと熱を感じるし、オレンジ色の炎も確認できます。

~カウナス城には、、~

お腹が減ってきたので、「永遠の火」の近くのベンチで昼食にしました。
カウナス観光も残すは「カウナス城」のみとなりました。
昼食を食べながら、次の目的地「カウナス城」の位置や行き方なども調べました。

位置的には今いる地点から真西にあるようです。
心配なのは、駅から真反対の位置にあることです。
要するにどんどん駅から遠ざかっていきます。
現在、2時を少し回ったあたりです。
帰りの列車まではあと1時間半くらいあります。
カウナス城に行くことは不可能ではない微妙な時間です。
でも、帰りのバスなどがうまく見つからないと、帰りの列車に遅れる可能性が十分考えられます。
城好きなぼくですが、ここは、思い切って、
「行かない」
という決断をしました。

地図アプリの投稿写真を見て行った気分になろうと思います。

ネムナス川とネリス川の合流地点という地政学的には超重要地点に建っているお城ですね。

「#KAUNAS」の観光文字がありますね。
カウナス観光の中心的な場所なのですね。

牧歌的な雰囲気のある観光地化されていない場所のようですね。

~帰路へ~

駅まで感覚的には歩けない距離ではないと思います。
時間的にも十分間に合うと思います。
でも、朝からかなり歩き続けていたので、公共交通機関を探すことにしました。
運よく、29番バスが目の前の通りを走っていて、駅まで行くようです。

のんびり歩きながら、バス停を探します。

時間に追われずに街歩きをすると、見える景色も違ってくるようです。

曇ってきたせいもあると思いますが、何だかしっとりとした落ち着いた街のような気がしてくるから不思議です。

バス停の自動券売機で買った乗車券です。
1回乗車が、1€です。

バスを待つ列でふと見つけた日本語です。
(前の女性のバックパックです)
「偽りの愛」という文字が見えます。
日本のアニメが好きな女性ですかね?
ぼくは、どんなアニメなのか全く分かりません。
日本のアニメの人気がうかがえる一場面です。

~カウナスの駅舎にて~

カウナス駅に戻って来ました。
この駅舎から出る時には、気付きませんでしたが、入る時にはしっかりと確認できました。
左側に千畝さんの立派な金属製の顕彰版が掲げてあります。

リトアニア語、日本語、英語と3か国語で表記されていることからも、かなり、大事にされていることが分かります。
千畝さんは、9月4日にカウナス駅から次の赴任地チェコ・プラハに向かう列車の中で「命のビザ」を書き続けたことを紹介しています。

~ビリニュスへ~

帰りの列車は15時40分カウナス駅発です。

往きの列車と同じデザインの列車です。

熟睡している間にビリニュスに到着しました。

ビリニュス駅前からバスでホテルに帰ります。

4日目にして初めて気付きました。
こんな便利なバス停留所の案内図があったのですね。
駅のロータリーの右手前からA、B、C、D、、とバス停が順番に並んでいたのですね。
そして、そのアルファベットに対応したバスの番線があるのですね。
「なるほど!」
バスの番線の数字ばかり気にしていました。
分かりにくいはずです。
要するに、54番のバスに乗りたければ、54番のバス停を探すのではなく、54番のバスがどのアルファベットのバス停に停まるのかを調べて、そこに行くのが正しい乗り方のようです。

「54番はD!」と分かれば、この図を見てDの所へ行けば簡単です。

ビリニュス観光最後の日にこんな便利なことに気付くとは、、、
トホホホ、、
情けないです。

今日もいつものスーパーに寄って帰ります。
「おー!リトアニアにも柴犬だ」
うれしくて思わず寄って行きたくなります。

うちの黒柴マロンに似ているワンちゃんです。

うちの黒柴マロン4才

日本を離れて34日目。
ホームシックという年齢(とし)ではありませんが、黒柴を見ると、日本への郷愁(きょうしゅう)を感じてしまいます。

いよいよ、明日はこの旅最後の訪問国ポーランドに向かいます。
バスは、朝8時45分発です。
今晩は、荷造りをしっかりして早目に寝たいと思います。

(第25話、終わりです)

(第26話は、「ポーランド・ワルシャワへです)

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宮田 彰(あきら) 1961年新潟県上越市生まれ 新潟県内公立小学校教員を33年間勤める 2015年から中国上海のアメリカンスクールにて教員 2021年退職 2022年「あきらのふらブラ旅ブログ」開設 現在上越市在住

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