シリーズ22の4:「欧州一筆書きの旅D2~北国一人旅~」
<エストニア・ラトビア・リトアニア・ポーランド編>NO14
DAY29:2025年9月5日(金)②
ラトビアの首都リガに来ています。
世界遺産のリガ旧市街を観光しています。
1⃣市庁舎広場エリア⇒2⃣リガ大聖堂広場エリア⇒3⃣リガ城エリア
の観光が終わりました。
これから、4⃣リーブ広場周辺エリアと5⃣ブラックヘッドハウスエリアに向かいます。
4⃣リーブ広場周辺エリア
・3人兄弟
・スウェーデン門
・軍事博物館
・猫の家
・リーブ広場
5⃣ブラックヘッドハウスエリア
・ブラックヘッドハウス
・ラトビア占領博物館
・聖ペテロ教会
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~三人兄弟~
「リガ城」の次は、「三人兄弟」へ行きます。

方向としては、「大聖堂広場」の方へ戻る感じですが、通りが1本違います。

ここが「三人兄弟」のようです。
右から長男、次男、三男だそうです。
ぼくは当初、3人の本当の兄弟が建てた家が、3軒隣り合っているだけだと思っていました。
だから、
「何がそんなに珍しいの?」
「何でそんなことで観光客が、わざわざ見に来るの?」
と不審に思っていました。
ところが、旅サイトをよく読むと「三人兄弟」の意味がようやく分かりました。

以下に3つの建築物の違いを簡単に紹介します
右は、15世紀、ゴシック様式で建てられたリガで最も古い石造りの住宅なのだそうです。
税金が窓の面積で決められていた時代なので、窓が小さいのが特徴だそうです。
中は、17世紀前半、マニエリスム様式で建てられ、たくさんの装飾に飾られた住宅だそうです。
窓の大きさで税金が決まるルールが撤廃(てっぱい)されたので、右と比べると窓がかなり大きいです。
左は、17世紀後半、バロック様式で建てられた飾り気が少なく間口の狭い住宅だそうです。
この頃は、間口の広さで税が決まっていたので、間口を狭くしてその分奥行きを伸ばしたのだそうです。
その時代ごとの税制度や建築様式などにより、建築物が変わっていく様子が一目で見られるところに「三兄弟」の価値があるのだそうです。
「三匹の子豚」を想像していたぼくは、何とも情けない思いです。
勉強って大事ですね。
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~聖ヤコブ大聖堂~
「スウェーデン門」に向かって歩き始めて数分後のことです。

目の前にさっき行ったばかりの「聖母受難教会」に似た教会が現れました。
何となく惹(ひ)かれるものがありました。
行く予定には入っていませんでしたが、ちょっと行ってみることにしました。

近くまで行ってみると、似ているのは尖塔の屋根の色だけです。
外壁は濃いえんじ色の煉瓦(れんが)です。
お気に入りの「聖母受難教会」とは、全く似ていませんが、無料なので入ってみようと思います。

地図アプリで調べてみると「聖ヤコブ大聖堂」という名称です。

落ち着いた涼し気な礼拝堂です。
また、小休憩に利用してしまいそうです。
なぜ、教会とかシナゴーグなど宗教施設は、気持ちが安らぐのでしょうか?
本当に不思議です。
教会とかシナゴーグには、安らぎ効果とか癒(いや)し効果が絶対にあると思います。

主祭壇には、大きめのキリストさんの磔刑(たっけい)像が置かれています。

磔刑像の後ろのステンドグラスが上品な色遣いです。
派手派手しさが全くない落ち着いたいい感じのステンドグラスです。

こちらの「神の慈悲(じひ)のイエス・キリスト」の絵も柔らかなタッチで描かれています。
気持ちに安らぎを与えてくれます。

こちらの「幼子イエスを抱く聖ヨゼフの像」も存在を主張することなく、ぽつんと置かれています。
教会内、至る所、自己主張を極力ひかえた癒し優先の教会のような気がします。
今日2度目の教会での小休憩です。
再び、体力が回復してきました。
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~スウェーデン門へ~
次は、今度こそ「スウェーデン門」へ行きます。

赤シェイプが「聖ヤコブ大聖堂」です。
次の曲がり角を右折すれば、「スウェーデン門」に行けそうです。

このトンネルのようなドームが「スウェーデン門」のようです。
タリンならそんなに観光価値があるようには見えない門です。
でも、リガの旧市街では、唯一無二の存在です。
城壁の門の中で、現存している唯一の門なのだそうです。

確かに、門の向こう側を見ると、城壁という感じではないですね。
ちなみに、この「スウェーデン門」という名前は、17C、ラトビアがスウェーデンに支配されていた時代に由来しているとのことです。
この門の向こう側にスウェーデン軍の兵舎があって多くのスウェーデン人がこの門を通ったことから名付けられたのだそうです。

こちら側も同じく城壁はないようです。

もう少し、近付いて路地を見に行きましたが、城壁は跡形もなくなっています。
リガの旧市街の城壁は13Cから14Cにかけて段階的に築かれ、完成時には28の見張り塔と25の門があったということです。
だから、現存していれば規模的にはタリンの城壁と同じくらいの規模だと思われます。
しかし、リガの城壁は1857年から都市の拡張と近代化のために、ほぼ全て解体されたのだそうです。
確かに、中世的な戦乱が終わった後には、城壁は必要なくなりますよね。
物理的には理解はできますが、、
でも、今となっては
「残しておけばよかった!」
と大多数の人々が後悔しているに違いありません。
ぼくのようにタリンからリガに入って来た観光者にとっては、特にそれは明白です。
城壁の「ある・ない」が観光価値を大きく左右していることが、比較できるからです。
日本でも、戦国時代から江戸時代初頭に築いた城を江戸時代から明治時代にかけて、ほとんど取り壊していますよね。
江戸時代は「一国一城令」、明治時代は「廃城令(はいじょうれい)」によってです。
本当に残念で仕方ありません。
わがふるさと「越後高田城」も明治6年の「廃城令」によって完全に取り壊されてしまいました。
徳川家康公の6男松平忠輝さんが治め、義父・伊達政宗公が城奉行として普請(ふしん)した越後高田藩75万石のお城ですから、さぞかし壮大なものだったに違いありません。
(世界遺産・姫路城のあった姫路藩は52万石でした。
そのことからも越後高田城はかなりの大きさだったことが推測されます)
個人的にも、とても残念に思います。
取り壊すことは簡単ですが、再生はなかなか難しいですよね。
人間って失ってから、初めてその価値に気付くことって多いですよね。
時の為政者(いせいしゃ)には、後世のことまで考えた都市計画というものをしてほしいものです。
もちろん為政者だけでなく、暮らしている市民にも責任があると思いますが、、
すいません。
話が脱線してしまいました。
話を旅に戻します。
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~わずかに残った城壁~

「スウェーデン門」から次は「ラトビア軍事博物館」に向かいます。
その間に、解体できなかった城壁がわずかに残っているらしいです。

これが、唯一残されたリガの城壁ですね。

航空写真モードだと「OldCityWall」とあります。
旧市街の城壁です。

こちらの3D写真の方が分かりやすいですね。
確かに、スウェーデン門から軍事博物館(元火薬塔)にかけてのみ、城壁が残っています。

リガの人々にとっては、ひなびた場所かもしれませんが、観光客にとっては感動ものです。
なぜここにだけ残ったのかは分かりませんが、わずかに残された城壁を見たいと思う観光客はかなりいると思います。
げんに、ぼくの後ろからはヨーロッパ系の団体観光客の皆さんがたくさん現れました。

この城壁の上にも上れるように整備したらもっと、観光価値が上がると思います。
ぼく自身、上ってみたいですからね。

城壁の向こうのリガ城に似た建物も素敵です。
もともと、何の建物かは調べても分かりませんでしたが、今は、カフェやレストラン、ホテルなどたくさんの飲食店が入っているそうです。

リガの皆さん、わずかに残った城壁、絶対に大切にしてくださいね。
お願いします。
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~ラトビア軍事博物館~
「残された城壁」の脇をゆっくり歩いていると円柱形の建物が見えてきました。

これが「ラトビア軍事博物館」のようです。
14Cに建設された城壁の見張り塔の一つ「火薬塔」だったところです。
その「火薬塔」を軍事博物館に転用したのだそうです。

有料ならおそらく入りませんが、無料だったので軽く入ってみることにします。

予想以上に大きな施設です。

中世の門兵だそうです。

ラトビアは、第一次大戦から二次大戦にかけて独立を守るためにソ連やナチスドイツなどと戦い、戦乱の舞台となったそうです。
この「火薬塔」も何度か崩れかかったそうです。

使用兵器や弾薬、ミサイルなども展示されています。

軍人の服装の変遷なども展示されています。

第1次大戦以降に功績のあった軍人だそうです。

兵器の変遷も展示されています。
名前の通り「軍事」に関する博物館でした。
ぼくは、歴史を知るうえで戦争には興味はありますが、兵器や軍事にはあまり興味がありません。
なので、特別、ワクワクするような施設ではありませんでした。
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~猫の家~
どんよりとした気持ちのまま、軍事博物館を後にします。
次は「猫の家」に向かいます。

地図アプリではこの辺ですが、、

下ばかり見ていると、見過ごしてしまう建物です。
道の向こう側から屋根の上を見ないと、なぜここが「猫の家」なのかが分からないと思います。

屋根に猫がいます。
右端と左端に1匹ずつ、計2匹だと思います。

お互いが尻尾を中央に向けています。

リガのギルド組織がドイツ人に支配され、ラトビア人がギルド加盟を拒絶されていた頃の話が起源だそうです。
ラトビア人の商人がそのことに不満を持ち、抗議の意味を込めて、猫の尻尾をドイツ人の建物の方に向けて建てたとのことです。
ちなみに、現在、尻尾が中央に向いているのは、後になって、そのドイツ組織と和解が出来たので、わざわざ、尻尾の向きを変えたのだそうです。
当事者じゃないと重要性が理解できませんが、その時の抵抗と融和の象徴として、この猫の家が、ラトビアの人々から長年愛されてきたとのことです。
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~リーブ広場~
次に向かうのは、「リーブ広場周辺エリア」の最後、「リーブ広場」です。

ここが、リーブ広場のようです。
リーブ広場の歴史的な背景は調べましたが、よく分かりませんでした。
とにかく、リガの旧市街の中心部にあるので、人々が集まりやすく、カフェやレストランが立ち並び、憩いのスポットになっているとのことです。
だから、周りの建物もそんなに歴史的に古さを感じるような物はないようです。

歴史的な価値云々(うんぬん)は別にして、とにかく、気持ちのいい広場です。
広場の中央には、ラベンダーだと思いますが、薄紫色の花が咲き誇っています。
そして、その花々の中を通って吹いてくるそよ風が、とてもいい香りを運んできます。
花壇の中で居眠りがしたくなるような素晴らしい癒(いや)しの広場だと思います。

この広場は、人が集うスペースと自然豊かなスペースをきっちりと区切ってあります。
それが、過ごしやすさの要因かもしれません。
来てよかったと心から思える広場です。

ぼくが、広場を眺めながら、日陰のベンチで休んでいると、一人の女性がお皿を持って現れました。

そして、日陰で佇(たたず)んでいた猫にエサをあげたのです。

うまく表現はできませんが、「猫の家」の近くで猫に優しくしている人と出会えて、何だかほんわかした気持ちになりました。
この広場の環境が、人々を優しい気持ちにさせるのかもしれませんね。
3人兄弟→聖ヤコブ教会→スウェーデン門→残された城壁→軍事博物館→猫の家→リーブ広場
など「リーブ広場周辺エリア」では、非常に気持ちよく観光ができました。
期待以上に素晴らしかったです。
ぼくのリガでの「好みのエリア」になりました。
残された城壁やリーブ広場など、いろいろ素晴らしい観光スポットに出会えて本当によかったです。
リガ、いい所です。
次は、ブラックヘッドハウスエリアに向かいます。
(第14話、終わりです)
(第15話は、「ブラックヘッドハウスへ」です)
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