ポーランドの首都ワルシャワに来ています。
世界遺産の旧市街から観光を始めました。
現在、珍しいものが随所に見られる「ワルシャワ聖ヨハネ大聖堂」に来ています。


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~主祭壇に奇妙な物が、、~

「ワルシャワ聖ヨハネ大聖堂」の中に入ります。
正面に主祭壇があります。
祭壇その物の造りも珍しいですが、聖母マリアの絵画の下に何だか得体のしれない物が貼って?飾って?あります。

近寄って見ても、全く分かりません。

鳥の羽?獣(けもの)の毛?ウィッグ?大きな毛虫?
いろいろ推測しても全くピタリとした物は思い浮かびません。
もちろん主祭壇にこのような得体のしれない物を飾ってある教会は初めてです。

こんな時は、AIに聞くしかありませんね。
聞き方もいろいろ面倒ですが、こんな場合は、より具体的に聞くのが一番です。
「『ワルシャワ聖ヨハネ大聖堂』の主祭壇の後ろの壁に無数に飾られている繊維状の物は何ですか?
また、その目的は何ですか?」
と聞いてから、さらに現物を写真で見せて、ようやく少し満足いく回答を得ました。

飾られているものは、銀製のロザリオとかネックレスとか、、、いろいろ書いてありますが、金属のような気がしませんよね。
もちろん金属製の物も、極わずか、あることはありますが、ほとんどは、繊維状の物のような気がします。
AIの回答に少し疑問符がつきます。

「目的」「特別な意味」は、納得できる面が多いと思います。
特に「戦争や苦難から生き延びられたことへの感謝のしるし」という面は、超納得です。
でも、何を奉納したのかがはっきりしないので、もやもやは晴れません。

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~こんな細かな物まで、、~

ドーム状の尖塔の下に、主祭壇に匹敵するくらい豪華な(むしろ主祭壇より豪華です)副祭壇があります。

地図上では、赤色シェイプの地点だと思います。

主祭壇かと間違えるほどに豪華な副祭壇です。
通常の教会に見られる祭壇もちゃんとあります。
後ろのステンドグラスも煌(きら)びやかです。

このステンドグラスは部品が非常に細かいです。
3人の人物は宗教人ぽくないのが不思議です。
(一瞬、真ん中の人はKGB時代のプーチンかと思いました(笑))

後ろの正面には定番のパイプオルガンが鎮座(ちんざ)しています。
おそらく黒檀(こくたん)だと思います。

このステンドグラスもさらに細かな部品で構成されています。
こんな細かなステンドグラスも復元したのですね。

このステンドグラスも細かいですが、上のと比べると輪郭がはっきりしていますね。

これが何かのサイトで出ていた「無原罪の御宿り礼拝堂」でしょうか?
門扉には鍵がかかっています。
鍵がかかっていると、妙に行きたくなるのが人間の性(さが)ですよね。
この礼拝堂に入りたいと強く思ってしまいました。

スマホを隙間に差し入れてズームアップして撮った写真です。
イエスさんの昇天の絵画の上の飾り物が見たことないくらいの豪華さです。
一体何で出来ているのでしょうか?
まさか真珠ではないでしょうね?
もし真珠だったら、世界最大ですね。

一つ上のような超豪華な礼拝堂もあれば、上の写真のような庶民的な礼拝堂もあります。
「側廊沿いの家族礼拝堂」でしょうか?
地元の方々が熱心にお祈りしている姿が印象的です。

黒檀の飾り棚でしょうか?

目を見張る豪華さです。

どこもかしこも「素晴らしい」の一言です。
これらを忠実に復元したワルシャワ市民・ポーランド国民に脱帽です。


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~バルバカンへ~

バルバカンは、ワルシャワ旧市街を象徴する建築物の一つです。

地図でも分かるように旧市街を守る城壁の役割をしていた建物群です。
この建物群もナチスドイツにことごとく破壊された後、忠実に再建されました。
「聖ヨハネ大聖堂」から北西方面に7,8分歩くと着きそうです。

「聖ヨハネ大聖堂」界隈(かいわい)の路地です。
とても美しい通りです。
路地を占拠するように、お洒落なレストランが店の準備をしているようです。
こんなお洒落な通りで食事をしたいとは思いませんが(寛いだ気持ちにならないと思うので、、)コーヒーくらいは飲みたいような気にはなります。

「聖ヨハネ大聖堂」前の通りです。
車の進入ができる通りは、車で混み合い、非常に歩きにくいです。

バルバカンに行く途中に見つけた銅像です。
遠くから見たら宮本武蔵像かと思いました(笑)
地図アプリで調べると「ヤン・キリンスキ記念碑」だということです。
18Cの「コシチュシュコ蜂起」で中心的に活躍した靴職人の方だそうです。

その手前にあったユネスコ世界遺産登録碑です。

ワルシャワ旧市街が世界遺産に登録された記念に設置した碑だそうです。
旧市街がブロンズで地図のように作られています。

のんびり石畳の小径を歩くのも楽しいです。

この石畳の石、一つ一つも復元したのですかね。
とんでもないご苦労です。

このような小さな広場にも、壊滅(かいめつ)状態にあったワルシャワの街並を努力と熱意で復元した様子を情宣(じょうせん)するボードが展示されています。

ボードには地図が添付してあるので、
「今いる場所が、このように復元された」
ということが具体的に分かります。
非常に役に立つボードだと思います。

バルバカンに近付いてきました。

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~バルバカンにて~

バルバカンに到着しました。
雲一つない青空です。

ムーミン谷のような建物が入場門のようです。
素晴らしい景色なので、こちら側の日陰のベンチで昼飯の時間にしました。

匂いなのか、パンの食べかすを落としたせいなのか知りませんが、ぼくの周りには、いつの間にか鳩が群れています。

バルト三国で見た城壁とは構造的に明らかに違っています。
三重(さんじゅう)の構造になっていることが分かります。
旧市街の外側方面(写真の右側)から順に城壁を見ていくと、
①攻撃用の狭間(さま)がある最外周の城壁でまず敵を防ぎます⇒
②それを突破してきても空堀(からぼり)が敵の進入を防ぎます⇒
➂空堀を突破してきても次の分厚い城壁が敵の進入を防ぎます
要するに3重構造で旧市街を守っていることになります。
だから、このあたりの建築物を単に「城壁」と呼ばないのかもしれません。
城壁や空堀、見張り塔などをすべてまとめて「バルバカン」と呼んでいるのだと思います。

余談になりますが、ナチスドイツからすると、このような「街を守る施設設備」が最も気に食わなかったのだろうと推測します。
だから、教会などより余計に怒りを込めて、ぶっ壊したに違いありません。

そんな妄想を膨らませながら、街歩きをするのもなかなかおもしろいです。

空堀に下りられるようなので下りてみます。

空堀まで下りて見ると、周りの建物が、かなり高いのに気付きます。

空堀を歩いていくと、外城壁と内城壁の交わっているターミナルみたいな地点に出られます。
こんな複雑な構造だったなんて、来てみないと分からないですね。

外城壁の外の様子です。
4m以上の高さがあります。
立派な城壁です。

おそらく、外城壁の周りにあったと思われるお堀です。
今は水はないですが、おそらく、中世当時は川のように水が流れていたものと思われます。
もし、水が流れているお堀があったなら、四重構造で街を守っていたことになります。
物凄く優れた防御機能だと思います。

空堀から見張り塔に上ってきました。

外城壁と内城壁、見張り塔を結ぶターミナルのような施設に出ました。

バルバカンから一旦出て、正面の街並からバルバカンを見てみました。

日本で言う「大手門通り」のような通りに出ました。
城内に入れる大きな道路です。
今はこんなに便利な道路ですが、当時は開閉式のとても通りにくい工夫がしてあったのでしょうね。

修学旅行生でしょうね?
あまりの強烈な直射日光で子どもたちは、へばっています。

空堀での説明は、日陰でしてあげればいいのに、、
老婆心ながら、、

このあたりの煉瓦(れんが)は、ドイツ軍に破壊された煉瓦をそのまま積み上げたのかもしれないと思えるほど、歴史を感じさせてくれます。

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~「小さな蜂起軍兵士」へ~

歩いているとアニメのキャラクターのような人形の銅像に出会いました。
修学旅行の子どもたちにも人気がありそうな銅像です。

地図アプリで調べると「小さな蜂起軍兵士」と訳されるモニュメントのようです。
1944年のワルシャワ蜂起の際、大人とともに戦った少年たちを讃えるモニュメントだということです。
戦後のポーランド側の調査では、蜂起軍の内「1000人以上が18才未満の未成年の少年兵」だったとのことです。
そのうち何人くらいが命を落としたのかという調査については、正確な数字は存在していないとのことです。
ここを訪れる少年少女が多数いましたが、手を合わせ冥福(めいふく)を祈ることは大事なことだと思います。
でも、
「ぼくもあなた方のように戦争に行ってお国のために死んできます」
などという気持ちにさせることは絶対に間違いだと思います。
そんな世の中(少年が戦争に行って死ぬような世の中)にしないようにするのが大人の務めです。
まあ、いずれにせよ少年が兵士になり戦争に行く世の中を絶対に賛美してはいけないと思います。

この後、予定では、「ワルシャワ蜂起記念碑」へ行く予定でしたが、炎天下の元、かなり歩いたので明日に回そうと思います。
これから、買い物をしてホテルに帰って、冷たいビールを飲もうと思います。

(第28話、終わりです)

(第29話は、「この旅の観光最終日です)

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宮田 彰(あきら) 1961年新潟県上越市生まれ 新潟県内公立小学校教員を33年間勤める 2015年から中国上海のアメリカンスクールにて教員 2021年退職 2022年「あきらのふらブラ旅ブログ」開設 現在上越市在住

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